司馬光とは?
しばこう
司馬光とは、中国・北宋時代の政治家・歴史家であり、中国最大の編年体史書『資治通鑑』を編纂したことで知られる人物です。
司馬光(しばこう、1019〜1086年)は、北宋時代を代表する政治家・学者・歴史家です。字は君実、号は迂叟といい、陝州夏県(現在の山西省)の出身です。若くして科挙に合格し、以後、朝廷の要職を歴任しました。
歴史家としての最大の功績は、『資治通鑑』(しじつがん)の編纂です。これは紀元前403年の戦国時代から五代十国時代の末まで、約1400年にわたる中国の歴史を編年体(年代順)で記した大著であり、19年の歳月をかけて完成されました。書名は「統治の鑑(かがみ)となる歴史」を意味し、皇帝が政治を学ぶための教科書として宋の神宗に献上されました。
政治家としては、王安石が主導した「新法」と呼ばれる改革政策に強く反対し、旧法党の領袖として保守派を代表しました。神宗の死後、幼帝哲宗のもとで宰相(尚書左僕射)に就任し、新法の多くを廃止しましたが、翌年に没しました。
司馬光の学風は儒教の礼と秩序を重んじる保守的なものでしたが、その歴史的洞察と緻密な史料批判の姿勢は後世に高く評価され、『資治通鑑』は現代に至るまで中国史研究の基本文献として参照され続けています。
使い方・例文
「司馬光の瓶割り」という逸話は中国で広く知られており、幼い頃に水瓶に落ちた友人を助けるために石で瓶を割ったという話から、彼の機転と仁の心を示すエピソードとして教育の場でよく語られます。また、歴史書の引用や中国史の解説では『資治通鑑』の著者として必ず言及されます。
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