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北条氏政とは?

ほうじょううじまさ

北条氏政は、戦国時代の後北条氏第4代当主で、豊臣秀吉の小田原攻めに抵抗し、小田原城落城後に切腹した武将です。

北条氏政(ほうじょう うじまさ、1538年〜1590年)は、戦国時代の武将で、相模国現在神奈川県)を本拠とした後北条氏の第4代当主です。父・北条氏康から家督を受け継ぎ、関東の覇権をめぐって上杉謙信武田信玄上杉景勝らと激しく争いました。

氏政の治世では、後北条氏の勢力は関東一帯に広がり、最盛期を迎えました。内政面では検地や法令整備を進め、領国経営の安定化に努めました。外交面では武田氏・今川氏との同盟(甲相駿三国同盟)を維持しつつ、時勢に応じて連携先を変えながら生き延びる策を取りました。

しかし1590年、天下統一を目指す豊臣秀吉が大軍を率いて小田原城を包囲します。約20万とも伝えられる秀吉軍に対し、氏政は弟・氏照らとともに小田原城に籠城して抵抗しましたが、約100日に及ぶ籠城の末に開城を決断しました。

開城後、氏政と氏照は秀吉の命により切腹を命じられ、後北条氏の関東支配は終焉を迎えます。氏政は「汁かけ飯」の逸話(食事に汁を二度かけたことから判断力を疑われたという俗説)でも知られますが、これは後世の作り話とする見方が一般的です。

使い方・例文

戦国時代の関東史や小田原征伐を扱う書籍・ドラマで必ず登場します。後北条氏の滅亡とともに語られることが多く、「天下統一に抵抗した最後の大名」の象徴的人物として描かれます。

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