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上杉謙信とは?

うえすぎけんしん

上杉謙信とは、戦国時代越後国現在の新潟県)を治めた武将で、その卓越した軍事力から「越後の龍」「軍神」と称えられた名将です。

上杉謙信(うえすぎけんしん、1530〜1578年)は、越後国現在新潟県)を本拠とした戦国大名です。生涯独身を貫き、出家して毘沙門天への信仰を篤くしたことから、自らを毘沙門天の化身と信じていたとも伝えられます。旗印の「毘」の字はこの信仰に由来します。

謙信は当初「長尾景虎」を名乗り、越後守護代の家に生まれました。国内の乱を収め権力を掌握した後、隣国の要請を受けて度々遠征を行いました。特に甲斐の武田信玄との川中島の戦いは有名で、生涯を通じて複数回の戦いが繰り広げられました。謙信は正確な年代・回数については諸説あるものの、激戦を重ねながらも決定的な勝敗はつかなかったとされています。

謙信の戦術は電撃的な機動力と突撃を特徴とし、当時の武将たちから戦上手として恐れられました。また、義の人としての側面も持ち、関東管領の職を引き継いで関東に何度も出兵するなど、義理人情を重んじた行動が多く伝わっています。

1578年、遠征の準備中に急死(脳卒中が有力説)し、49歳で波乱の生涯を閉じました。後継者問題が紛糾し、上杉家はその後の内部混乱に苦しみます。現在も新潟県の春日山城跡が国の史跡として整備され、謙信ゆかりの地として多くの観光客が訪れます。

使い方・例文

「上杉謙信と武田信玄が川中島で激突したエピソードは、戦国時代の名勝負として今も語り継がれている」のように、戦国武将の強さや義の精神を語る場面でよく登場します。

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