松永久秀とは?
まつながひさひで
松永久秀とは、戦国時代に畿内で活躍した武将で、主君への謀反や「梟雄」ぶりで名高い三好氏の重臣です。
松永久秀(1508年頃〜1577年)は、戦国時代の畿内において強大な権力を誇った武将です。もとは三好長慶の家臣として頭角を現し、主君の信任を得て大和国(現在の奈良県)の支配権を握るまでに台頭しました。
久秀は「三悪事」として後世に伝えられる行為で有名です。具体的には、主君筋にあたる三好三人衆との対立の中で将軍・足利義輝を謀殺したこと、東大寺の大仏殿を焼失させたこと(これについては戦火の余波とも言われます)、そして信長への謀反を繰り返したことが挙げられます。この「梟雄」ぶりが後世の評価を形成しましたが、一方で文化人としての側面も持ち、茶道への造詣が深く、名物茶器の収集家としても知られました。
織田信長に臣従した後も反乱を起こし、最終的に信貴山城で包囲されました。1577年の落城の際、所持していた名物茶器「平蜘蛛の釜」を信長に渡さず、茶釜もろとも爆死したとの伝説が広く語られています(実際の最期の詳細は不明な点もあります)。
久秀の生涯は、下克上の時代における野心と文化の両立を体現するものとして、戦国史研究や文化史の観点からも興味深い人物です。信長から「誰もなしえない悪行を三つも行った」と評されたとも伝わります。
使い方・例文
「松永久秀は主君への謀反や文化財破壊で梟雄と呼ばれる一方、茶の湯への深い造詣を持った戦国武将として語られます。」
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