伊達政宗とは?
だてまさむね
伊達政宗は、戦国から江戸初期にかけて活躍した仙台藩初代藩主で、独眼竜の異名を持ち、東北地方を席巻した傑出した戦国武将です。
伊達政宗(1567〜1636)は、出羽国(現・山形県)米沢生まれの戦国大名で、陸奥・出羽を中心に一代で大版図を築き上げた東北随一の武将です。「独眼竜」の異名は、幼少期に罹った疱瘡(天然痘)で右目を失ったことに由来します。
10代後半から武将として頭角を現し、父の跡を継いで伊達家当主になると、南奥羽の大名たちを次々と攻略して急速に勢力を拡大しました。1590年の豊臣秀吉による小田原攻めへの遅参問題など、若さゆえの大胆な行動が際立ちますが、秀吉の怒りを機転でかわし、のちに徳川家康にも重用されました。
関ヶ原の戦い後は仙台62万石の大名として仙台藩を立藩し、城下町仙台の建設・新田開発・殖産興業など、領国経営に卓越した手腕を発揮しました。また家臣の支倉常長をスペイン・ローマへ派遣した「慶長遣欧使節」は、江戸初期という時代における異色の外交的試みとして歴史に刻まれています。
政宗は武勇のみならず、詩歌・茶道・料理にも通じた文化人的側面を持ち、その多才な人物像は後世の文芸や大河ドラマなどで繰り返し描かれています。仙台牛タンや笹かまぼこなど、仙台の食文化にも政宗ゆかりの由来が語られることがあります。
使い方・例文
「伊達政宗は東北を統一しかけた戦国武将として、また仙台の礎を築いた名君として、宮城県や東北地方の歴史を語る際に必ず登場する人物です」のように、戦国史や東北の地域史の文脈で登場します。
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