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加藤紘一とは?

かとうこういち

加藤紘一とは、自由民主党の政治家で官房長官・防衛庁長官などを歴任し、「加藤の乱」で知られる人物です。

加藤紘一(かとう こういち、1939〜2016年)は、山形県出身の自由民主党の政治家です。宏池会(加藤派)の領袖として自民党内で有力な派閥領導者となり、「ポスト橋本」の有力候補とも目された政治家です。

東京大学卒業後、外務省に入省。その後政界に転じ、1972年に衆議院議員に初当選しました。防衛庁長官・内閣官房長官・自民党幹事長などの要職を歴任し、対話重視の安全保障論や穏健な保守主義で知られました。

最もよく知られるのは2000年11月の「加藤の乱」です。森喜朗内閣への不信任案採決に際し、宏池会を率いて反乱を企てましたが、派閥内の造反が相次いで失敗。この出来事は加藤の政治的影響力を大きく低下させました。

その後も議員を続けましたが、2002年には秘書の所得税法違反事件に関連して議員辞職。のちに政界に復帰し、日中友好を重視する外交姿勢や護憲的な安全保障観で発言を続けました。2016年逝去。

使い方・例文

「加藤紘一の『加藤の乱』は自民党政治史に残る内部抗争だ」「加藤紘一は対中融和派の代表的な政治家として知られていた」のように使われます。

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