六波羅探題とは?
ろくはらたんだい
六波羅探題とは、鎌倉幕府が京都の六波羅に設置した出先機関で、朝廷の監視や西国の御家人統率、治安維持などを担った役職です。
六波羅探題(ろくはらたんだい)とは、鎌倉幕府が京都の六波羅(現在の京都市東山区付近)に設けた重要な出先機関です。1221年(承久3年)に起きた承久の乱を鎮圧した後、幕府は朝廷を監視・牽制するとともに西国を管轄するために設置しました。
六波羅探題には北方・南方の2名が置かれ、原則として北条氏の一族が就任しました。主な職務は以下の通りです。
- 朝廷・京都の監視と治安維持
- 西国の御家人の統率と訴訟処理
- 朝廷や天皇家に関わる事件への対応
- 非常時の軍事的対応
承久の乱以前にも京都の警備・連絡役として設置されていた機関の前身が存在しましたが、乱後に大幅に権限が強化されました。これにより幕府は東国(鎌倉)と西国(六波羅)の二極体制で全国支配を実現しました。
六波羅探題は1333年(元弘3年)、後醍醐天皇の倒幕運動を受けた戦闘で陥落し、鎌倉幕府滅亡とともに廃止されました。その廃絶は幕府の終焉を象徴する出来事のひとつとして歴史に刻まれています。
使い方・例文
「六波羅探題」は日本史の鎌倉時代を扱う文脈で登場します。「承久の乱後、幕府は六波羅探題を設置して朝廷を監視した」のように、幕府の支配機構を説明する際に使われます。
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