備後国とは?
びんごのくに
備後国とは、現在の広島県東部にあたる旧国名で、山陽道に属した令制国です。
備後国(びんごのくに)は、日本の令制国のひとつで、現在の広島県東部(福山市・三次市・府中市などを含む地域)に相当します。山陽道に属し、古代から瀬戸内海沿岸の交通・流通の拠点として重要な位置を占めていました。
備後国は隣の備中国・備前国とともに「備(び)の国」として古くから記録に登場します。山陽道が通る幹線地域であったため、都と西国を結ぶ人や物の往来が多く、政治・文化の影響を受けやすい地域でした。山間部では製鉄(たたら製鉄)も行われ、鉄産業の一端を担っていました。
中世には有力な国人領主が割拠し、戦国時代には毛利氏の勢力圏に組み込まれました。その後、福島正則・水野勝成らが福山藩主として備後を治め、福山城を中心とした城下町が発展しました。
産業・文化の面では、備後絣(びんごかすり)が有名で、江戸時代から明治・大正期にかけて日本を代表する綿織物の産地として全国に知られました。また、現在の福山市は鞆の浦(とものうら)という歴史的な港町を擁し、海上交通の要所として中世以来の面影を今に伝えています。明治の廃藩置県で広島県に統合され、「備後」の名は地名や地域ブランドとして今も残っています。
使い方・例文
「備後絣」や「備後表(畳表)」のように伝統産業の名称に使われるほか、広島県東部の歴史を語る文脈で備後国として登場します。
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