住友吉左衛門友純とは?
すみともきちざえもんともいと
住友吉左衛門友純は、明治〜大正期に活躍した住友財閥の総帥で、住友グループを近代的な産業コングロマリットへと発展させた実業家です。
住友吉左衛門友純(すみともきちざえもんともいと)は、1864年に生まれ1926年に没した明治・大正時代の実業家で、住友財閥の第15代当主(住友総本家)として知られています。旧名は徳大寺則麿といい、公家・徳大寺家の出身で住友家に養子入りしました。
友純が住友家を継いだ時期は、日本が急速な近代化・産業化を進めていた明治中期にあたります。彼のリーダーシップのもと、住友財閥は銅山経営を核としつつ、銀行・保険・電線・機械など多岐にわたる事業を展開し、三菱・三井と並ぶ日本三大財閥のひとつとして確固たる地位を築きました。
住友の事業拡大における主要分野は以下のとおりです。
- 別子銅山の近代化・合理化
- 住友銀行の設立・発展
- 住友電線製造(現:住友電気工業)の創設
- 社会事業・文化・教育への貢献
友純は経営者としてだけでなく、茶道や美術の愛好家としても知られ、泉屋博古館の礎となる文化財収集を行いました。住友グループの現在の多角的な企業群の原型は、友純の時代に形成されたといっても過言ではありません。
使い方・例文
「住友吉左衛門友純の時代に住友財閥は急成長を遂げ、銅山から銀行・製造業へと事業を広げた。」
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