ヴォイチェフ・ヤルゼルスキとは?
ゔぉいちぇふやるぜるすき
ヴォイチェフ・ヤルゼルスキとは、ポーランドの軍人・政治家で、戒厳令布告と民主化移行の両面で歴史に名を刻んだ大統領です。
ヴォイチェフ・ヤルゼルスキ(1923〜2014年)は、ポーランドの職業軍人から政治家へと転じた人物で、20世紀後半のポーランド現代史において最も議論を呼ぶ指導者の一人です。
軍人として出世を重ね、1968年のチェコスロバキア侵攻にも参加しました。1981年に首相・国防相・統一労働者党第一書記を兼任し、同年12月に「連帯」(ソリダルノシチ)の運動が拡大する中で戒厳令を布告しました。この戒厳令はソ連の直接介入を防ぐための苦渋の決断だったとする見方と、民主運動への弾圧だったとする批判が今日も並立しています。
1980年代末の東欧民主化の波の中では、「連帯」指導部との円卓会議(1989年)を受け入れ、自由選挙の実施を認めました。これがポーランド民主化の端緒となり、「連帯」政権が誕生します。同年、ポーランド初代大統領(1989〜1990年)に就任しました。
晩年は戒厳令布告に関して司法的・道義的な責任追及を受け続けましたが、裁判は健康上の理由などから結論に至らないまま死去しました。民主化への「橋渡し役」と「権威主義の守護者」という二つの評価が交差する複雑な歴史的人物です。
使い方・例文
「冷戦末期の東欧政治を学ぶ講座では、ヤルゼルスキは戒厳令と民主化移行の両方の文脈で事例として取り上げられます。」
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