レザー・シャー・パフラヴィーとは?
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レザー・シャー・パフラヴィーとは、20世紀前半のイランを近代化・世俗化した独裁的改革者で、パフラヴィー朝を創始した初代シャー(国王)です。
レザー・シャー・パフラヴィー(1878〜1944年)は、イランの軍人・政治家で、1925年にガージャール朝を打倒してパフラヴィー朝を開き、近代イランの礎を築いた人物です。もともとコサック旅団の将校でしたが、1921年のクーデターで実権を握り、1925年に即位しました。
レザー・シャーは在位中(1925〜1941年)、トルコのアタテュルクをモデルに急進的な近代化・西洋化改革を推進しました。主な施策には以下のようなものがあります。
- 鉄道網の整備と全国的なインフラ建設
- 西洋式の服装・暦の導入と宗教的慣習への規制
- 世俗的教育制度の確立とテヘラン大学の創設(1934年)
- 国名を「ペルシャ」から「イラン」へ国際的に変更(1935年)
- 石油利権をめぐるイギリスとの対立と交渉
しかし、その統治は強権的で、政治的反対派や宗教指導者への弾圧が伴いました。第二次世界大戦中、イランの戦略的位置と石油資源をめぐり、イギリスとソ連がイランに侵攻。連合国はレザー・シャーのナチス・ドイツとの関係を口実として1941年に退位を強要し、彼は南アフリカに追放されて翌年死去しました。
その後を継いだのが息子のモハンマド・レザー・シャーで、パフラヴィー朝は1979年のイスラム革命まで続きました。
使い方・例文
「レザー・シャー・パフラヴィーはイランの近代化を象徴する人物として、中東近代史やイラン史の授業で頻繁に取り上げられます。」
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