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ラジャ・ラム・モーハン・ロイとは?

らじゃらむもーはんろい

ラジャ・ラム・モーハン・ロイとは、19世紀インドの社会改革者・思想家で、サティー(寡婦焚死)廃止運動を率いてインド近代化の礎を築いた「インド近代の父」と呼ばれる人物です。

ラジャ・ラム・モーハン・ロイ(Ram Mohan Roy、1772〜1833年)は、インドベンガル地方出身の思想家・社会改革者・宗教家であり、「インド近代の父」として広く尊称されています。「ラジャ」は称号(王に準ずる尊称)であり、ムガル皇帝から授与されたものです。

ロイが活躍した19世紀初頭のインドは、イギリス東インド会社の支配下にあり、伝統的なヒンドゥー社会の因習が根強く残っていました。ロイはそうした社会問題に正面から挑み、特に「サティー」(夫が死んだ際に寡婦が夫の火葬の炎に身を投じる慣行)の廃止を強く訴えました。彼の粘り強い運動と当局への働きかけにより、1829年にサティーは法律によって禁止されました。

宗教の面では、一神教的な宇宙観を持ち、ヒンドゥー教の多神教的慣行や偶像崇拝を批判しつつ、キリスト教・イスラーム・ヴェーダ哲学を総合した「ブラフモー・サマージ(梵社)」を1828年に創設しました。これはインドにおける最初の社会・宗教改革運動の一つとなりました。

また、英語教育の普及や自由な報道の確立、女性の財産権・教育権の向上なども訴え、近代的なインド市民社会の形成に大きく貢献しました。1833年にイギリス・ブリストルで客死しましたが、その思想と運動はインド独立運動にも深い影響を与えています。

使い方・例文

インドの近代史や社会改革を学ぶ際に、「サティーを廃止に導いたのはラジャ・ラム・モーハン・ロイの改革運動がきっかけです」というように紹介されます。

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