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ヨーゼフ・ブロズ・チトーとは?

よーぜふぶろずちとー

チトーはユーゴスラビアの指導者で、第二次世界大戦中のパルチザン抵抗運動を率い、戦後は独自の社会主義路線で東西両陣営から距離を置いた政治家です。

ヨシップ・ブロズ・チトー(1892〜1980年)は、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の建国者かつ終身大統領で、現在クロアチア出身の革命家・政治家です。「チトー」は党活動時代の偽名に由来します。

第一次世界大戦オーストリア・ハンガリー軍に徴兵されてロシア軍の捕虜となり、ロシア革命を現地で体験したことが彼の共産主義への傾倒のきっかけとなりました。帰国後は共産党活動に携わり、ユーゴスラビア共産党の指導者となります。

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツおよびイタリアによるユーゴスラビア占領に対してパルチザン(抵抗ゲリラ)を組織・指揮し、連合国の支援も得ながら自力で国土を解放するという当時として稀有な成果を上げました。この経験がチトーの強い自立路線の根拠となります。

戦後に社会主義ユーゴスラビアを樹立したチトーは、1948年にスターリンのソ連と決別(チトー・スターリン分裂)し、ソ連の衛星国化を拒否した独自の「ユーゴスラビア型社会主義」を推進しました。さらに1961年には非同盟運動の創設に中心的役割を果たし、東西冷戦の枠組みに属さない第三世界の結束を促しました。多民族国家の統合を維持した手腕は高く評価される一方、晩年以降の民族対立の火種ともなりました。

使い方・例文

冷戦史や国際政治の授業では、ソ連と距離を置きながら社会主義を維持した指導者として、また非同盟運動の象徴的人物としてチトーが取り上げられます。

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