ヨアヒム・ミュラとは?
よあひむみゅら
ヨアヒム・ミュラとは、ナポレオン時代のフランス帝国元帥で、南イタリアのナポリ王国を統治した騎兵の名将です。
ヨアヒム・ミュラ(Joachim Murat、1767〜1815年)は、フランス革命・ナポレオン時代の軍人・政治家です。フランス南西部のロット県ラ=バスティード=フォルトゥニエールで生まれ、革命の混乱期に軍に入隊して頭角を現しました。
ナポレオン・ボナパルトとの出会いが彼の運命を大きく変えます。ミュラは幾多の遠征でナポレオンの指揮のもと活躍し、卓越した騎馬戦術と大胆不敵な指揮ぶりで「騎兵の王」と称えられるようになりました。1800年にはナポレオンの義弟にあたるカロリーヌ・ボナパルトと結婚し、帝国の中枢に深く組み込まれます。
1804年のフランス帝国成立とともに元帥に列せられ、その後1808年にナポリ王ジョアシャン1世として即位しました。ナポリ国王として行政改革や道路整備などに取り組んだ一方、ナポレオンの失脚後は生き残りを図って連合国側と交渉しましたが、失敗に終わります。1815年に処刑され、波乱に満ちた生涯を閉じました。
華やかな衣装を身にまとい戦場を駆け抜けるミュラの姿は、ナポレオン時代を象徴するイメージの一つとして現代でも語り継がれています。
使い方・例文
ナポレオン戦争の戦史やゲームで「ミュラが騎兵突撃を敢行した」と表現されるように、彼の名はヨーロッパ史における騎兵戦術の象徴として登場します。
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