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メネリク2世 (エチオピア)とは?

「めねりくにせい」(えちおぴあ)

メネリク2世とは、19世紀末のエチオピア皇帝で、アドワの戦いでイタリア軍を破りアフリカの植民地化に抵抗した独立の象徴的な指導者です。

メネリク2世(Menelik II, 1844〜1913年)は、エチオピア帝国の皇帝(在位1889〜1913年)です。ショア地方の王子として生まれ、テオドロス2世の時代に人質として囚われながらも脱出し、ショア王として力を蓄えました。1889年にヨハネス4世が戦死すると皇帝に即位しました。

在位中、メネリク2世はエチオピアの大幅な領土拡大と近代化を推進しました。首都アディスアベバに定め、鉄道建設・電信網の整備・近代学校の設立などを行いました。また南部・東部への積極的な征服活動によって、現在のエチオピアの国土の基礎を形成しました。

彼の最も輝かしい業績は1896年のアドワの戦いです。イタリアがエチオピアへの支配権を主張して侵攻したのに対し、メネリク2世は近代的な火器で武装した大軍を率いてイタリア軍を完膚なきまでに打ち破りました。アフリカの国家がヨーロッパ列強の軍を野戦で大規模に撃退した稀有な事例として、世界に衝撃を与えました。

この勝利によりエチオピアはヨーロッパ諸国から独立した主権国家として承認され、アフリカ全土の独立運動の精神的な支柱となりました。今日でもエチオピアのみならず、アフリカ全体においてメネリク2世は民族的誇りと抵抗の象徴として崇敬されています。

使い方・例文

「メネリク2世が指揮したアドワの戦いは、ヨーロッパ列強のアフリカ植民地化に対する最大の抵抗の一つとして語り継がれている」のように用いられます。

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