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ミハイ1世 (ルーマニア王)とは?

みはいいっせい

ミハイ1世とは、ルーマニア最後の国王で、第二次世界大戦中にクーデターを起こしてナチス・ドイツから離反した歴史的君主です。

ミハイ1世(1921〜2017年)は、ルーマニア王国の最後の国王です。カロル2世の息子として生まれ、幼少期(1927〜1930年)に一度摂政のもとで国王の座につき、その後1940年に再び国王となりました。

第二次世界大戦中、ルーマニアはファシスト政権のイオン・アントネスクの主導で枢軸国(ナチス・ドイツイタリア)側で参戦していました。しかし1944年8月、連合国軍の優勢が明らかになると、ミハイ1世はクーデターを決行してアントネスクを逮捕し、ルーマニアを連合国側に寝返らせました。この決断はルーマニアの早期降伏を実現し、多くの人命を救ったと評価されています。連合国からは高い評価を受け、ソ連からは「勝利勲章」が授与されました。

しかし戦後、ソ連の後ろ盾を得たルーマニア共産党が権力を掌握すると、1947年に国王の退位を強制され、国外追放となりました。その後は長年スイスを拠点に망命生活を送りました。

共産主義体制崩壊後、ミハイ1世はルーマニアに帰国し、民主化・EU加盟を精力的に支持しました。2017年に96歳で死去するまで、多くのルーマニア市民から尊敬を集め続けました。退位後の人生も含めた生涯は、20世紀ヨーロッパの激動を体現するものとして語り継がれています。

使い方・例文

第二次世界大戦の東欧史を学ぶ際に、ルーマニアの枢軸国離脱を決断した人物としてミハイ1世の名前が登場します。

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