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マフムード・ガズナヴィーとは?

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マフムード・ガズナヴィーとは、10〜11世紀に中央アジアから北インドにかけて支配したガズナ朝の君主で、イスラーム世界の拡大とインド遠征で知られる人物です。

マフムード・ガズナヴィー(971〜1030年)は、現在アフガニスタンに都を置いたガズナ朝の第3代スルタンです。テュルク系(トルコ系)の軍人王朝の君主として中央アジアから北インドまでを征服し、イスラーム世界の東方拡大を牽引した人物として知られています。

マフムードはインドへ17回以上(諸説あり)にわたる遠征を行ったとされています。特に有名なのがグジャラート州のソームナート神殿(ヒンドゥー教の聖地)への遠征(1025年)で、神殿を破壊・略奪したこの出来事はインド史において象徴的な事件として語り継がれています。

一方で、マフムードの宮廷はイスラーム文化の一大中心地でもありました。詩人のフェルドウスィーが叙事詩『シャーナーメ(王書)』をマフムードに捧げたことでも知られており、彼の庇護のもとで学者・詩人・科学者が集まりました。中央アジアの大学者ビールーニーもマフムードのインド遠征に随行し、「インド誌」を著しています。

征服者と文化的庇護者という二面性を持つマフムードは、中世イスラーム世界と南アジア史を理解するうえで重要な人物として位置づけられています。

使い方・例文

「マフムード・ガズナヴィーの名は、イスラームの南アジア進出やガズナ朝を扱う世界史・イスラーム史の授業で、インド遠征を象徴する君主として登場します。」

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