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マティアス (神聖ローマ皇帝)とは?

まてぃあす

マティアスは、17世紀初頭の神聖ローマ皇帝で、三十年戦争の直前期に兄ルドルフ2世から帝位を奪い取った複雑な時代の君主です。

マティアス(1557〜1619年)は、ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝で、1612年から1619年までの在位期間は三十年戦争(1618〜1648年)が勃発した激動の時代と重なります。オーストリア大公、ハンガリー王、ボヘミア王も兼ねており、ハプスブルク家の広大な版図を統治しました。

マティアスは長年にわたって皇帝の座にあった兄ルドルフ2世と深刻な対立関係にあり、オーストリア・ハンガリー・ボヘミアの貴族たちの支持を取り付けることで勢力圏を拡大し、最終的に1612年に兄の死をもって神聖ローマ皇帝に即位しました。この過程でプロテスタント貴族たちに宗教的自由を認める譲歩(「マジェスタース文書」1609年などが知られる)を行いました。

しかしマティアスは実質的な権力の多くを側近のクレスル枢機卿に委ね、晩年にはカトリック側への揺り戻しが進みました。後継者問題でいとこのフェルディナント(後のフェルディナント2世)を指名したことで、プロテスタント勢力との緊張が高まり、1618年のボヘミア反乱(三十年戦争の引き金)をもたらしました。マティアスはその翌年に没し、戦争の主要局面を経験することなく世を去りました。

マティアスの治世は宗教改革と反宗教改革がせめぎ合う転換期に位置し、三十年戦争の遠因を理解するうえで重要な時代です。

使い方・例文

三十年戦争の歴史を学ぶ際、その直前の政治的緊張と宗教問題を理解するためにマティアス皇帝の治世が解説されることがあります。

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