マクシミリアン・ロベスピエールとは?
まくしみりあんろべすぴえーる
マクシミリアン・ロベスピエールとは、フランス革命期に「恐怖政治」を主導した政治家で、共和主義と美徳を掲げながらも多くの処刑を命じ、最終的には自身も断頭台に送られた人物です。
マクシミリアン・フランソワ・マリー・イジドール・ド・ロベスピエール(1758年〜1794年)は、フランス北部アラスの法律家の家庭に生まれました。弁護士として活動した後、フランス革命の勃発とともに政界に入り、急進的な共和主義者として民衆の支持を集めました。「腐敗しない人(不滅の人)」を意味する「インコリュプティブル」の異名で知られ、個人的な清廉さで名声を博しました。
1793年に設置された公安委員会の指導的人物となったロベスピエールは、革命を守るためには敵を根絶やしにする必要があると説き、いわゆる「恐怖政治(テルール)」を推進しました。この時期、革命の敵とみなされた王党派・穏健派・外国のスパイとされた人々が次々とギロチンにかけられました。1793年から1794年の約1年間に処刑された人数は数万人に上るとも言われています。
しかし恐怖政治は次第に革命派の内部にも向けられ、かつての同志ダントンらも処刑されました。これが仲間たちの恐怖と反発を招き、1794年7月27日(テルミドール9日)にロベスピエールは国民公会で逮捕され、翌日には自身も断頭台に送られました。
ロベスピエールは革命の理想と恐怖の矛盾を体現した人物として、現代でも革命・独裁・民主主義を論じる際の重要な参照点となっています。
使い方・例文
「ロベスピエールが主導した恐怖政治では、革命の敵として多くの人々が処刑されたが、最終的には彼自身もギロチンで処刑された」という形で、フランス革命の転換点を語る際に頻繁に登場します。
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