ヘンリー・マクマホンとは?
へんりーまくまほん
ヘンリー・マクマホンは、第一次世界大戦中にアラブ人の独立を約束した「フサイン・マクマホン書簡」を交わしたイギリスの外交官です。
ヘンリー・マクマホン(Henry McMahon, 1862〜1949)は、イギリスの植民地行政官・外交官で、エジプト駐在の高等弁務官として知られています。
第一次世界大戦中の1915〜1916年、オスマン帝国に対抗するためにアラブ人の協力を取り付けようとしたイギリスは、メッカの太守フサイン・イブン・アリーとの間で書簡を交わしました。この「フサイン・マクマホン書簡」において、マクマホンはアラブ人の反乱を支援する代わりに、戦後のアラブ独立国家建設を支持することを示唆しました。
しかし、同時期にイギリスはフランスとの間で中東を分割支配する「サイクス・ピコ協定」(1916年)を秘密裏に締結しており、さらに1917年には「バルフォア宣言」でパレスチナへのユダヤ人国家建設を支持するという、互いに矛盾する約束を複数の相手に対して行っていました。
このような外交的矛盾がその後のパレスチナ問題・アラブとイスラエルの対立の遠因のひとつとなったとされており、マクマホンの書簡は現代中東政治の原点を論じる際に必ず言及される歴史的文書となっています。
使い方・例文
中東問題の歴史的背景を解説する際、「フサイン・マクマホン書簡」の当事者としてヘンリー・マクマホンの名が挙げられます。
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