ブロニスワフ・マリノフスキとは?
ぶろにすわふまりのふすき
ブロニスワフ・マリノフスキは、ポーランド出身の社会人類学者で、現地に長期滞在して文化を内部から観察する「参与観察」という研究手法を確立し、近代文化人類学の父と呼ばれる人物です。
ブロニスワフ・カスペル・マリノフスキ(Bronisław Kasper Malinowski、1884〜1942年)は、ポーランド・クラクフ生まれの社会人類学者です。クラクフ大学で物理・数学を学んだ後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で人類学を修め、20世紀を代表する人類学者として世界的に知られるようになりました。
マリノフスキの最大の功績は、「参与観察(participant observation)」という民族誌研究の方法論の確立です。それ以前の人類学者は現地の旅人や宣教師の報告に頼ることが多かったのに対し、マリノフスキは自らメラネシアのトロブリアンド諸島(現パプアニューギニア)に数年間滞在し、現地語を習得して住民と日常生活をともにしながら文化を観察・記録しました。
この調査から生まれた主著「西太平洋の遠洋航海者(Argonauts of the Western Pacific)」(1922年)は、文化人類学の古典として今も読み継がれています。また「機能主義(functionalism)」という理論的立場も提唱し、文化のあらゆる慣習や制度は社会・個人の基本的必要を満たすために機能しているという視点を示しました。
その後はロンドン大学教授として多くの弟子を育て、学術界に大きな影響を与えました。1942年にアメリカ・ニューヘイブンで急逝しましたが、彼の研究手法は今日の文化人類学・社会学・地域研究に広く受け継がれています。
使い方・例文
人類学のゼミや教科書で「フィールドワーク」や「エスノグラフィー(民族誌)」が取り上げられるとき、その方法論の礎を作った人物としてマリノフスキの名前がほぼ必ず登場します。
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