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フランス革命の恐怖政治とは?

ふらんすかくめいのきょうふせいじ

フランス革命恐怖政治とは、1793〜94年にロベスピエールら急進派が反革命勢力を弾圧した統治期間です。

フランス革命恐怖政治(きょうふせいじ、la Terreur)とは、フランス革命期の1793年から1794年にかけて、ジャコバン派(山岳派)が主導した急進的な独裁体制と、それに伴う大規模な政治的粛清を指します。

恐怖政治の背景には、国内の革命への反発と対外戦争の危機がありました。ヨーロッパ諸国がフランスへ介入し、国内でも王党派や穏健共和派の反乱(ヴァンデの反乱など)が続出する中、公安委員会を掌握したマクシミリアン・ロベスピエールは「革命の敵」を徹底的に排除する方針をとりました。

革命裁判所が設置され、「国家の敵」と認定された人々がギロチンによって処刑されました。処刑された人数は諸説ありますが、裁判による死刑執行だけで数千人、投獄・処刑・戦闘などを含めると数万人に及ぶとも言われています。犠牲者は王族・貴族にとどまらず、かつての革命仲間であったダントンやエベールなど革命指導者も次々と断頭台に送られました。

1794年7月のテルミドールのクーデターでロベスピエール自身が逮捕・処刑されると恐怖政治は終わりを告げました。この時期は民主主義と暴力・独裁の関係について考える上での歴史的教訓として、現在も広く論じられています。

使い方・例文

フランス革命の授業では、ロベスピエールとギロチンを象徴とする恐怖政治が、革命の急進化と暴走を示す事例として取り上げられます。

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