本文へスキップ

フェルディナント1世(オーストリア)とは?

ふぇるでぃなんといっせい

フェルディナント1世(オーストリア)とは、19世紀前半のオーストリア皇帝で、知的障害を抱えながらも即位し、1848年革命の混乱の中で退位した君主です。

フェルディナント1世(1793〜1875年)は、ハプスブルク家のオーストリア皇帝で、1835年から1848年まで在位しました。神聖ローマ帝国の皇帝レオポルト2世の孫にあたります。

フェルディナント1世は幼少期から重度のてんかんと知的発達の遅れがあり、統治能力に大きな制約がありました。そのため、実際の政治は宰相メッテルニヒを中心とする国家会議が担い、フェルディナントは象徴的な存在として機能していました。「善良なフェルディナント」と呼ばれ、その誠実な人柄は民衆から慕われました。

1848年のヨーロッパ革命の波がオーストリアにも及び、ウィーン三月革命が勃発するとメッテルニヒは失脚・亡命しました。混乱の収拾のため、フェルディナントは同年12月に甥のフランツ・ヨーゼフ1世に皇位を譲って退位しました。退位後はプラハに隠棲し、余生を穏やかに過ごしました。

彼の治世は、ウィーン体制の安定期と革命の動乱期という対照的な時代にまたがっており、ハプスブルク帝国の転換点を象徴する人物として歴史に位置づけられます。

使い方・例文

ヨーロッパ近代史やハプスブルク家に関する書籍で、1848年革命と君主の退位を論じる文脈で登場します。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

同じ読みのことば

「ふぇるでぃなんといっせい」と同じ読みで、意味のちがうことばです。

関連用語