バルテルミー・ジュベールとは?
ばるてるみーじゅべーる
バルテルミー・ジュベールはフランス革命戦争期の将軍で、イタリア方面軍で活躍したナポレオン時代初期の優秀な指揮官です。
バルテルミー・カトリーヌ・ジュベール(Barthélemy Catherine Joubert、1769〜1799年)は、フランス革命戦争期に活躍した将軍で、ナポレオン・ボナパルトとほぼ同世代の軍人です。ポン=ド=ヴォー(現アン県)生まれで、革命勃発後に軍に入り、急速に昇進しました。
その軍歴で最も輝かしいのはイタリア方面軍での活躍です。ナポレオンが指揮したイタリア遠征(1796〜1797年)において、ジュベールは重要な部隊を率い、ティロル方面への進軍や北イタリアの占領作戦に貢献しました。その才能と勇気はナポレオンからも高く評価されていたとされています。
ナポレオンのエジプト遠征中に本国の政治情勢が不安定になると、ジュベールは政治的にも注目される存在となりました。一部の共和派勢力は、独裁化しつつあったディレクトワール体制の打破にジュベールを担ごうとしましたが、1799年のノヴィの戦い(現イタリア北西部)でロシア・オーストリア連合軍のスヴォーロフに敗れ、戦場で戦死しました。享年30歳という若さでの死は、彼の将来の可能性を閉ざしただけでなく、フランス側に大きな打撃を与えました。
ジュベールの死後まもなくナポレオンが帰国し、ブリュメール18日のクーデタで権力を掌握したことは、歴史の皮肉として語られることがあります。
使い方・例文
「フランス革命戦争の将軍を調べる際、バルテルミー・ジュベールはナポレオンと並び称された若き指揮官として必ず言及される人物だ。」
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