バヤジット2世とは?
ばやじっとにせい
バヤジット2世は、オスマン帝国の第8代スルタンで、国内の安定と宗教的寛容さで知られる穏健な統治者です。
バヤジット2世(在位:1481年〜1512年)は、オスマン帝国の第8代スルタンです。父メフメト2世(征服王)の死後に即位しましたが、即位の際には弟ジェムとの激しい後継者争いを経験しました。ジェムはエジプトのマムルーク朝に逃れ、さらにヨーロッパへ亡命してオスマンの外交上の切り札として利用されました。
バヤジット2世の治世は、父の積極的な対外拡張とは対照的に、内政重視・宗教的秩序の維持を基調とした穏健な路線が特徴です。イスラム法(シャリーア)の適用を強化し、神秘主義教団への配慮も示しました。一方でヴェネツィアとの戦争(1499〜1503年)ではオスマン海軍が活躍し、地中海での制海権拡大にも成功しています。
1492年にスペインからユダヤ人が追放された際、バヤジット2世は彼らをオスマン帝国内に受け入れました。この措置はオスマン帝国の宗教的寛容さの象徴として語られており、追放されたユダヤ人は商業・医療・印刷業などの分野でオスマン社会に大きく貢献しました。
晩年は宮廷内の派閥争いに悩まされ、息子セリム1世のクーデターによって退位を余儀なくされ、間もなく死去しました。
使い方・例文
「スペインから追放されたユダヤ人をオスマン帝国に迎え入れたバヤジット2世の判断は、中世における宗教的寛容の事例として世界史の授業でよく取り上げられる」といった文脈で登場します。
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