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ハインリヒ・フォン・モルトケ(小モルトケ)とは?

はいんりひふぉんもるとけこもるとけ

モルトケは19〜20世紀ドイツ帝国軍参謀総長で、第一次世界大戦開戦時のドイツ軍作戦計画を指揮したが、初戦の失敗で更迭された軍人です。

ハインリヒ・フォンモルトケ(1848〜1916年)は、プロセンドイツ帝国の軍人で、普仏戦争を勝利に導いた名参謀総長ヘルムート・フォン・モルトケ(大モルトケ)の甥にあたります。叔父と区別するために「小モルトケ」と呼ばれます。

1906年に参謀総長に就任した小モルトケは、前任のシュリーフェンが立案した「シュリーフェン計画」を引き継ぎました。この計画はフランスとロシアという東西二正面の敵に対し、まずフランスをベルギー経由で迅速に撃破してからロシアに転じるという構想でした。しかし小モルトケはこの計画を修正し、西部戦線の右翼の兵力を削減してロシア方面の東プロイセン防衛を厚くするなど、いくつかの変更を加えました。

1914年8月に第一次世界大戦が始まると、ドイツ軍はベルギーに侵攻しフランス北部に突入しましたが、マルヌの戦いでフランス軍の反撃を受けて撃退されます。この「マルヌの奇跡」でシュリーフェン計画の速攻構想は崩れ、戦争は長期の塹壕戦へと移行しました。小モルトケは開戦からわずか数週間でファルケンハインに参謀総長の座を引き渡し、1916年に没しました。

使い方・例文

第一次世界大戦の開戦経緯や戦略を学ぶ際に、シュリーフェン計画の変更とマルヌの戦いの敗因を論じる文脈で小モルトケの名が登場します。「叔父の名声と自身の失敗」の対比として軍事史の教科書でも引用される人物です。

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