ドミトリー・ドンスコイとは?
どみとりーどんすこい
ドミトリー・ドンスコイとは、14世紀のモスクワ大公で、クリコヴォの戦いでモンゴルのタタール軍に勝利し、ロシア統一の礎を築いた英雄的君主です。
ドミトリー・ドンスコイ(Дмитрий Донской、1350〜1389年)は、モスクワ公国の大公(在位1359〜1389年)で、ロシア史上の英雄的君主のひとりです。9歳でモスクワ大公位を継承し、幼少期から有能な補佐役のもとで政治を学びました。
当時のルーシ(ロシア)はモンゴル人が建てたキプチャク・ハン国(タタール)の支配下に置かれており、諸公国は貢物を納め続けていました。ドミトリーはこの状況に反発し、周辺の諸公国を束ねてモンゴルへの対抗勢力を形成しました。
1380年、ドミトリーは連合軍を率いてドン川上流のクリコヴォ平原でママイ率いるタタール軍と激突しました(クリコヴォの戦い)。この戦いでルーシ軍はタタール軍を撃破し、モンゴル支配に対する初の大規模な勝利を収めました。この勝利により「ドンスコイ(ドンの英雄)」という称号を得ました。
クリコヴォの勝利はモンゴルのくびきを直ちに取り除いたわけではありませんでしたが、ルーシ諸公国の民族的・政治的統一意識を高め、後のモスクワ中心のロシア統一国家形成に向けた精神的支柱となりました。ロシア正教会では聖人として列聖されています。
使い方・例文
ロシアの歴史を学ぶ授業や文献で、モンゴル支配からの解放運動を語る文脈でドミトリー・ドンスコイとクリコヴォの戦いが取り上げられます。
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