チャンドラ・シェカール・アザードとは?
ちゃんどらしぇかーるあざーど
チャンドラ・シェカール・アザードとは、20世紀初頭のインド独立運動において武装闘争路線を主導した革命家で、「アザード(自由)」を名乗り最後まで戦い続けた人物です。
チャンドラ・シェカール・アザード(Chandra Shekhar Azad、1906年〜1931年)は、イギリス植民地支配に対して武装抵抗を貫いたインドの革命的独立運動家です。マディヤ・プラデーシュ州出身で、幼少期から民族主義的な思想に触れて育ちました。
10代のころに非暴力運動(ガンジーの不服従運動)にも関わりましたが、植民地当局による弾圧を目の当たりにして武装闘争路線へ転じました。逮捕・拷問を受けた際に「アザード(自由)」という偽名を名乗ったことが、そのまま彼の代名詞となります。
アザードが参加・主導した主な活動には以下があります。
- カークリの強盗事件(1925年):鉄道を利用して資金を調達した武装組織の作戦
- ラーホールの英国警察官殺害への関与(1928年):ラーラー・ラージパト・ラーイの死への報復とされる
- デリー中央議会への爆弾投下(バガト・シンらとの連携)
1931年、アラーハーバードのアルフレッド公園でイギリス警察に包囲されたアザードは、「決して捕まらない」という誓いを守るため自らの命を絶ちました。インドでは今日も若者の間で自由と抵抗の象徴として語り継がれています。
使い方・例文
インド独立運動を扱う歴史の授業や書籍で「チャンドラ・シェカール・アザードはガンジーの非暴力路線とは異なる武装革命で植民地支配に抵抗した」のように紹介されます。
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