ダニエル・アラップ・モイとは?
だにえるあらっぷもい
ダニエル・アラップ・モイとは、ケニアの第2代大統領として約24年間にわたり国を統治した政治家で、長期権威主義体制と後の民主化の象徴的存在です。
ダニエル・トロイティッチ・アラップ・モイ(Daniel Toroitich arap Moi、1924〜2020年)は、ケニアの政治家で、1978年から2002年までの約24年間、同国の大統領を務めました。初代大統領ジョモ・ケニヤッタの死去に伴い副大統領から昇格し、長期政権を樹立しました。
モイの統治は複雑な評価を受けています。前半期には一定の経済開発と地方インフラ整備を進めたとされる一方、1980年代以降は一党独裁体制(ケニア・アフリカ民族同盟が唯一の合法政党)を強化し、反体制派への弾圧・拷問・言論統制が国際社会から強く批判されました。
1990年代に入ると、冷戦終結に伴う国際的な民主化圧力と国内の市民運動を受けて複数政党制を認め、1992年・1997年の選挙でも勝利を収めましたが、選挙の公正性については疑問視されました。2002年の大統領選挙では憲法上の任期制限により立候補できず、野党連合のムワイ・キバキに政権を移譲しました。
モイ政権の時代はアフリカにおける権威主義体制の典型例として政治学で取り上げられる一方、最終的に平和的な政権交代を実現した点も評価されています。2020年に95歳で死去しました。
使い方・例文
アフリカ政治史・民主化研究の文脈で、「モイ政権下のケニアでは一党独裁が続いたが、市民運動の結果〜」のように論じられます。
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