ステファン・ドゥシャンとは?
すてふぁんどぅしゃん
ステファン・ドゥシャンとは、14世紀にセルビア帝国を最大版図に拡大し、「セルビア人とギリシャ人の皇帝」を称した中世セルビア最大の君主です。
ステファン・ドゥシャン(Stefan Dušan、1308〜1355年)は、中世セルビアのネマニッチ朝の君主で、1331年から1346年まではセルビア王、1346年から1355年まではセルビア帝国の皇帝(ツァーリ)として君臨しました。セルビア語では「シルニ(強者)」という称号で呼ばれます。
ドゥシャンの治世はセルビア中世国家の絶頂期にあたります。父ステファン・デチャンスキ王を廃位して権力を掌握した後、精力的な軍事・外交活動を展開しました。当時、ビザンツ帝国が内乱(カンタクゼノス争乱)で弱体化していた状況を巧みに利用し、マケドニア・アルバニア・テッサリア・エピロス・トラキアの一部など現在のバルカン半島の広大な領域を支配下に収めました。
1346年、ドゥシャンはスコピエで壮麗な戴冠式を挙行し、「セルビア人・ギリシャ人・ブルガリア人・アルバニア人の皇帝」を自称しました。同年、セルビア大司教座を総主教座に昇格させるなど、宗教的権威の強化にも努めました。
また1349年には「ドゥシャン法典」を制定しました。ビザンツ法の影響を受けつつも独自の規定を含むこの法典は、中世バルカン史において最も重要な法律文書の一つとされています。コンスタンティノープルを目指す途上で急死し、帝国はその後急速に解体しましたが、セルビア民族にとっての黄金時代の象徴として現在も讃えられています。
使い方・例文
バルカン半島の中世史・セルビア史を扱う文脈で「中世セルビア帝国の皇帝」として登場し、ドゥシャン法典の解説でも必ず言及されます。
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