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ジョヴァンニ・ダ・ピアン・デル・カルピネとは?

じょう゛ぁんにだぴあんでるかるぴね

ジョヴァンニ・ダ・ピアン・デル・カルピネとは、13世紀に教皇の使節としてモンゴル帝国へ派遣されたイタリア人フランシスコ会修道士です。

ジョヴァンニ・ダ・ピアン・デル・カルピネ(Giovanni da Pian del Carpine、1180年ごろ〜1252年)は、イタリアのウンブリア地方出身のフランシスコ会修道士で、西ヨーロッパからモンゴル帝国へ向かった最初の外交使節の一人です。

1241年のモンゴルによるヨーロッパ侵攻(ワールシュタットの戦いなど)の後、ローマ教皇インノケンティウス4世はモンゴルとの交渉・情報収集のために使節を派遣する決断をしました。1245年、ジョヴァンニは60歳を超えた高齢にもかかわらず旅に出発し、ポーランド・ルーシを経てモンゴル高原へと向かいました。

約1年半の旅の末に到達したモンゴル帝国の宮廷では、大ハーン(グユク)の即位式にも立ち会いました。ジョヴァンニは帰国後、その見聞をラテン語でまとめた『モンゴル人の歴史(Historia Mongalorum)』を著しました。この書はモンゴルの風習・宗教・軍事組織を詳細に記した最初期の西洋人記録として、歴史的に高い価値を持ちます。

彼の旅はその後のマルコ・ポーロら東洋探検家の先駆けとなり、東西交流の歴史において重要な位置を占めます。

使い方・例文

中世ヨーロッパとモンゴルの外交・探検の歴史を扱う場面で「ジョヴァンニ・ダ・ピアン・デル・カルピネはマルコ・ポーロよりも前にモンゴル帝国を訪れた西洋人の一人だ」のように紹介されます。

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