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ジグムント1世 (ポーランド王)とは?

じぐむんといっせい

ジグムント1世は16世紀ポーランド王でリトアニア大公、ルネサンス文化をポーランドに根付かせた「老王」と呼ばれる君主です。

ジグムント1世(1467〜1548年)は、ポーランド王国の国王兼リトアニア大公で、在位期間は1506年から1548年です。「老王(スタルィ)」という渾名で知られ、ヤギェウォ朝の君主です。

ジグムント1世の治世はポーランドルネサンス黄金時代の幕開けを告げるものでした。イタリア出身のボナ・スフォルツァを王妃に迎えたことで、イタリアのルネサンス文化・芸術・建築がポーランドへ盛んに流入しました。クラクフのヴァヴェル城はルネサンス様式で大改築され、今日もポーランドを代表する建築物となっています。

対外的には複雑な情勢に対処しながら、東プロイセンをポーランドの宗主権下に置くことに成功しました(1525年のクラクフ条約)。また、ロシア(モスクワ大公国)やオスマン帝国、タタール勢力との外交・軍事的な均衡を保つことに腐心しました。

国内では貴族(シュラフタ)の権限が強まる時代であり、王権と貴族の均衡を保ちながら統治を続けました。息子のジグムント2世アウグストへと安定した王権を引き継ぎ、ポーランド・リトアニアの全盛期を支えた君主として評価されています。

使い方・例文

中欧・東欧の近世史を学ぶ際、ポーランドのルネサンスを論じるうえでジグムント1世は必ず言及される君主です。クラクフ旅行の際にヴァヴェル城で彼の時代の建築を体感できます。

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