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ジギスムント (神聖ローマ皇帝)とは?

じぎすむんと

ジギスムントは15世紀前半の神聖ローマ皇帝で、コンスタンツ公会議を主導して教会大分裂を終結させる一方、ヤン・フス処刑でボヘミア紛争を招いた君主です。

ジギスムント(Sigismund、1368〜1437年)は、神聖ローマ皇帝(在位1433〜1437年)であり、ハンガリー王・ボヘミア王も兼ねた15世紀前半ヨーロッパ中心的君主です。ルクセンブルク家の出身で、父は神聖ローマ皇帝カール4世、兄はボヘミア王ヴァーツラフ4世にあたります。

ジギスムントの最大の功績は、コンスタンツ公会議(1414〜1418年)を主導したことです。当時のカトリック教会は「教会大分裂(シスマ)」と呼ばれる状態にあり、ローマとアヴィニョン、さらにはピサに並立する教皇が存在していました。ジギスムントはこの混乱を解決するために公会議を招集・推進し、マルティヌス5世を唯一の教皇として選出することで大分裂を終わらせることに貢献しました。

しかし同じこの公会議でヤン・フスが異端として火刑に処されたことが大きな禍根を残しました。ジギスムントがフスの安全を保証する書状を発行していたにもかかわらず処刑が行われたため、ボヘミアでは激しい反乱(フス戦争)が勃発し、数十年にわたる紛争へと発展しました。

オスマン帝国の脅威に対するキリスト教世界の団結も呼びかけましたが、十字軍の組織化には苦労し、晩年まで複雑な政治状況の中で各地を転戦しました。

使い方・例文

中世史の教科書で「ジギスムントはコンスタンツ公会議を主導して教会大分裂を解決したが、ヤン・フス処刑でボヘミアを混乱に陥れた」と評価される文脈に登場します。

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