サロモン・アウグスト・アンドレーとは?
さろもんあうぐすとあんどれー
サロモン・アウグスト・アンドレーとは、気球による北極点到達を目指したスウェーデンの探検家で、謎の失踪と遺骸発見で知られる悲劇の人物です。
サロモン・アウグスト・アンドレー(1854〜1897年)は、スウェーデンの技師・探検家であり、水素気球を使った北極点到達という前人未踏の試みで歴史に名を残しています。
19世紀末、北極点への到達は世界各国が競い合う大きな目標でした。アンドレーは徒歩や船による従来の方法ではなく、気球という革新的な手段での挑戦を計画しました。1896年に一度出発を試みるも風向きが悪く断念し、翌1897年7月にスヴァールバル諸島のダンスコヤから「ワシ号」と名付けた気球で再出発しました。同行者はニルス・ストリンドベリとクヌート・フランケルの2名でした。
出発後、気球は消息を絶ち3人は長年にわたって行方不明となりました。1930年、白熊島(クヴィトヤ島)にて彼らの遺体・写真フィルム・日記が発見され、33年ぶりに遺骸と記録が世に明らかになりました。現像されたフィルムには気球での飛行中や着氷後の生活の様子が写っており、当時の人々に大きな衝撃を与えました。死因については諸説ありますが、食料不足・凍傷・旋毛虫症(トリヒナ症)などが議論されています。
アンドレーの探検は失敗に終わりましたが、勇気ある挑戦と謎めいた最期は今日も人々の想像力をかき立てています。
使い方・例文
北極探検の歴史や冒険家の伝記を扱った書籍・ドキュメンタリーで、アンドレーの気球探検と謎の失踪は必ずといっていいほど取り上げられる話題です。
この用語をシェア
最終更新: