本文へスキップ

サラエボとは?

さらえぼ

サラエボはボスニア・ヘルツェゴビナ首都で、東西文明が交差する歴史的な多文化都市です。

サラエボ(Sarajevo)は、ボスニア・ヘルツェゴビナ首都および最大都市であり、バルカン半島中部のボスナ川支流・ミリャツカ川沿いの盆地に位置しています。人口は市域で約30万人、広域では約60万人規模です。

15世紀後半にオスマン帝国の支配下で都市として整備され、モスク・バザール・ハマム(公衆浴場)などが建設されました。その後オーストリア=ハンガリー帝国統治期には、イスラム建築の旧市街に隣接して西洋式のビルが建ち並ぶ独特の景観が生まれました。イスラム教・カトリック・東方正教会・ユダヤ教の礼拝施設が数百メートル以内に共存する「欧州のエルサレム」とも称されます。

世界史的には、1914年にオーストリア皇太子フランツ・フェルディナントが暗殺された地として知られ、これが第一次世界大戦の引き金となりました。また1984年には冬季オリンピックの開催地となり、国際的な注目を集めました。その後1992〜95年のボスニア紛争では市街地が長期包囲を受け、甚大な被害を受けましたが、現在は復興が進み観光都市として再生しています。

サラエボの見どころには次のものがあります。

  • バシュチャルシヤ(旧市場):オスマン時代の面影を残す旧市街
  • ガジ・フスレフ=ベグ・モスク:16世紀建立の代表的なモスク
  • ラテン橋:フランツ・フェルディナント暗殺現場近くの石橋
  • サラエボ・ローズ:紛争の犠牲者を悼む路面の赤い痕跡

多様な文化が重なりあうサラエボは、バルカンの複雑な歴史を体現する都市として、歴史・文化・平和学習の観点から世界中の旅行者や研究者が訪れます。

基本データ

人口 約27万人
面積 142 km²

出典:Wikidata

使い方・例文

「第一次世界大戦の起点となったサラエボ事件について調べる」というように、歴史の授業や紛争・平和研究の文脈で頻繁に登場する地名です。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語