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ゴフ・ウィットラムとは?

ごふうぃっとらむ

オーストラリアの第21代首相で、労働党を率いて社会改革を推進したものの、1975年の憲政危機で解任された政治家です。

ゴフ・ウィットラム(1916〜2014年)は、オーストラリア労働党の党首として1972年から1975年まで首相を務めた政治家です。23年ぶりに労働党を政権に復帰させ、短期間ながら大胆な政策変換を実施したことで知られます。

ウィットラム就任後、ベトナム戦争時代の徴兵制廃止、大学授業料の無償化、国民健康保険制度(メディケア)の前身となる制度の導入、アボリジナルの土地権利回復など、多くの進歩的改革を矢継ぎ早に実施しました。外交面では中国を承認し、先進国の中でも早期に中華人民共和国と正式国交を結んだ国のひとつとなりました。

しかし1975年、上院での予算案否決により政府の財政運営が行き詰まる事態が生じました。総督ジョン・カーは首相ウィットラムを一方的に解任し、野党の自由党・国民党連立政権に暫定政権を任せたうえで選挙を実施するという前例のない措置をとりました。この「1975年の憲政危機」はオーストラリア政治史上最大の論争として今日もたびたび議論されます。選挙では労働党が惨敗し、ウィットラムは政権を失いましたが、彼が着手した改革の多くは後続政権にも引き継がれました。

使い方・例文

オーストラリアの政治史や議会制度を学ぶ文脈で登場します。特に1975年の総督による首相解任という「ウィットラム解任事件」は、立憲君主制と議会民主主義の関係を議論するうえでの代表的な事例です。

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