コシュート・ラヨシュとは?
こしゅーとらよしゅ
コシュート・ラヨシュは19世紀ハンガリーの革命家・政治家で、1848〜49年の独立革命を指導しハンガリー国民の自由と独立を訴えた民族運動の英雄です。
コシュート・ラヨシュ(Kossuth Lajos、1802〜1894年)は、ハンガリーの弁護士・政治家・革命家で、ハンガリー民族主義運動の最も重要な指導者の一人です。モノク生まれで、法律を学んだ後、議会活動や言論・出版を通じてハプスブルク帝国からのハンガリーの自治・独立を訴えました。
1848年のヨーロッパ全土を席巻した革命の波はハンガリーにも及び、コシュートはその中心的指導者として活躍しました。彼は雄弁な演説と卓越した政治的リーダーシップで民衆を鼓舞し、ハンガリー革命政府の財務大臣、そして国防委員会委員長として事実上の指導者となりました。
1849年4月には、ハプスブルク家によるハンガリー支配の廃絶とハンガリーの完全独立を宣言しました。しかしオーストリアはロシア帝国の援軍を得てこれを鎮圧し、革命は失敗に終わりました。コシュートはオスマン帝国、さらにはイギリス・アメリカへと亡命し、欧米各国でハンガリーの独立を訴える演説活動を続けました。そのカリスマ的な演説は各地で熱狂的な歓迎を受け、国際的な名声を得ました。
コシュートはハンガリーへ帰国することなく、1894年にトリノで没しました。今日のハンガリーでは最大の民族的英雄の一人として尊崇されており、首都ブダペストの国会議事堂前の広場にその像が建てられています。
使い方・例文
「ハンガリーの独立運動を学ぶ際、コシュート・ラヨシュの名は1848年革命の指導者として最初に挙げられる人物だ。」
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