本文へスキップ

グラスノスチとは?

ぐらすのすち

グラスノスチとは、ソ連のゴルバチョフ書記長が1980年代後半に推進した「情報公開」政策で、ペレストロイカ(改革)と並ぶ歴史的政策です。

グラスノスチ(гласность)はロシア語で「公開性」「透明性」を意味し、ミハイル・ゴルバチョフがソ連共産党書記長に就任した1985年以降、ペレストロイカ(改革・再建)と並行して推進した政治的公開化政策です。

ソ連はそれまで、政治・軍事・経済に関する情報を厳しく統制し、メディアの報道も党の方針に従うものでした。グラスノスチはこうした情報統制を緩和し、メディアの自由化、政府批判の容認、過去の歴史的事実(スターリンの大粛清など)の見直しを進めました。

政策の主な内容と影響は以下の通りです。

  • 新聞・テレビでの体制批判報道が許容されるようになった
  • 1986年のチェルノブイリ原発事故の実態がある程度公開され、政府への信頼を大きく揺るがした
  • スターリン時代の政治犯の名誉回復が進んだ
  • 民族問題や共和国の自立運動が表面化するきっかけとなった

グラスノスチが進むにつれて、ソ連国内の矛盾や腐敗が次々と明るみに出ました。情報公開は民主化運動を活性化させ、東欧諸国の民主革命(1989年)にも影響を与えました。しかし改革のコントロールを失ったことも一因となり、最終的には1991年のソ連崩壊につながりました。

使い方・例文

「グラスノスチによる情報公開政策は、ソ連市民が政府の実態を知る機会を生み出し、体制変革を求める声が急速に高まるきっかけとなった」という形で、冷戦終結やソ連崩壊を論じる際に使われます。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語