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クレオパトラ7世とは?

くれおぱとらななせい

クレオパトラ7世とは、古代エジプト最後のファラオであり、その知性と政治的手腕でローマの英雄たちと渡り合ったプトレマイオス朝の女王です。

クレオパトラ7世(紀元前69年頃〜紀元前30年)は、古代エジプト・プトレマイオス朝の最後の君主であり、正式名称はクレオパトラ・フィロパトル(「父を愛する者」の意)といいます。ギリシア系マケドニア人の王朝出身でありながら、エジプトの言語・文化・宗教を深く学び、エジプトの神イシスの化身とも崇められました。

クレオパトラ7世の生涯は、弟との権力闘争とローマとの関係を軸に展開します。弟のプトレマイオス13世に一度は追放されますが、紀元前48年にエジプトに入ったユリウス・カエサルと接触し、その支援を得てエジプト王権を取り戻しました。カエサルとの間に子どもをもうけたとも伝えられています。

カエサル暗殺後は、ローマ内戦においてマルクス・アントニウスと同盟を結び、深い関係を築きました。アントニウスとの間には3人の子をもうけ、地中海東部の広大な支配権を握ることを目指しましたが、紀元前31年のアクティウムの海戦でオクタウィアヌス(のちのアウグストゥス)に敗北します。翌紀元前30年、クレオパトラは自ら命を絶ち、エジプトはローマの属州となりました。

彼女の評価として特筆されるのは、多言語(エジプト語・ギリシア語・ラテン語など複数の言語を習得したと伝わる)を操る卓越した知性と外交力です。単なる美貌の女王としての像はその後の文化・メディアが作り上げた側面が強く、実際には類まれな政治家・知識人でした。シェイクスピアの戯曲や現代映画など、歴史上最も多く描かれた人物のひとりでもあります。

使い方・例文

世界史の授業で古代ローマとエジプトの関係を学ぶとき、または映画・小説のキャラクターとして登場するクレオパトラの史実を調べる場面でこの名前が出てきます。

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最終更新:

同じ読みのことば

「くれおぱとらななせい」と同じ読みで、意味のちがうことばです。

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