本文へスキップ

クレオパトラ七世とは?

くれおぱとらななせい

クレオパトラ七世は、古代エジプト最後の女王で、類まれな知性と政治手腕でローマと渡り合った歴史的人物です。

クレオパトラ七世(紀元前69〜前30年)は、プトレマイオス朝エジプトの最後の君主です。ギリシア系のマケドニア王朝であるプトレマイオス家に生まれながら、自らエジプト語を習得し、複数の外国語も話せたとされる高い知性の持ち主でした。

紀元前51年に父プトレマイオス12世の後を継いで王位に就きましたが、弟との権力争いで一時エジプトを追われます。その後、ローマの将軍ユリウス・カエサルと同盟を結んで権力を回復。カエサルの死後はマルクス・アントニウスと深い政治的・個人的関係を築き、ローマと対等に渡り合おうとしました。

しかし紀元前31年のアクティウムの海戦でオクタウィアヌス(後のアウグストゥス)に敗れ、翌年アントニウスとともに自害。これによってプトレマイオス朝は滅亡し、エジプトはローマの属州となりました。

その波乱の生涯は、シェイクスピアの戯曲をはじめ数多くの芸術作品に描かれ、「美と知性を兼ね備えた女王」の象徴として後世に語り継がれています。歴史上最も著名な女性統治者の一人です。

使い方・例文

古代史の授業や歴史映画の文脈で「クレオパトラ七世はカエサルやアントニウスと政治的同盟を結んだ」のように用いられます。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

同じ読みのことば

「くれおぱとらななせい」と同じ読みで、意味のちがうことばです。

関連用語