ガレリウスとは?
がれりうす
ガレリウスはローマ帝国の四分統治(テトラルキア)時代に活躍した皇帝で、キリスト教迫害を主導しながら晩年に寛容令を発布したことで知られる人物です。
ガレリウス(Galerius、250頃〜311年)は、ローマ帝国の皇帝(在位293〜311年)です。ディオクレティアヌス帝が導入したテトラルキア(四分統治)制度のもとで、東方を担当する副帝(カエサル)として台頭し、のちに正帝(アウグストゥス)となりました。
ガレリウスはディオクレティアヌス帝の義理の息子でもあり、ドナウ川沿岸でのゲルマン人やサルマティア人との戦いで武功を挙げ、ペルシア(サーサーン朝)との戦争でも勝利を収めるなど、軍人皇帝として実力を示しました。
歴史的に特に注目されるのはキリスト教迫害への関与です。303年から始まるいわゆる「大迫害」の主要な推進者とされており、礼拝所の破壊・聖典の没収・キリスト教徒の処刑を断行しました。
しかし死の直前の311年、重病に倒れたガレリウスは一転してガレリウスの寛容令を発布します。キリスト教を公認し、迫害の終止を宣言したこの勅令は、後のミラノ勅令(313年)へと続く宗教的自由の先駆けとして評価されています。同年まもなくガレリウスは没しました。
使い方・例文
ローマ史の授業やキリスト教の迫害史を扱う文脈で、「ガレリウスは大迫害の推進者でありながら、自ら寛容令を発布してその終止符を打った」という逆説的な人物として紹介されます。
この用語をシェア
最終更新: