カーリー・ラティンとは?
かーりーらてぃん
カーリー・ラティンとは、1966年のサッカーW杯でアルゼンチン代表主将を務め、対イングランド戦での退場が試合史上最も物議を醸した出来事として知られる選手です。
カーリー・ラティン(Antonio Ubaldo Rattín、1937年生まれ)は、アルゼンチン出身のサッカー選手で、主にボカ・ジュニアーズでプレーしたディフェンシブミッドフィールダーです。アルゼンチン代表では長くキャプテンを務め、国内外で高い評価を受けた名選手でした。
ラティンが特に世界的に知られるようになったのは、1966年のFIFAワールドカップ(イングランド大会)における準々決勝でのエピソードです。アルゼンチン対イングランドの試合中に西ドイツ人審判の判定に抗議したことで退場を命じられましたが、約8分間にわたりピッチを離れることを拒否するという前代未聞の出来事が起きました。この場面は世界中に中継され、サッカーの歴史に残る「事件」として語り継がれています。
この一件はアルゼンチンとイングランドのサッカー上での対立意識を深め、後年のマラドーナによる「神の手」ゴール(1986年W杯)などとともに、両国間の因縁の歴史として位置づけられています。
ラティンはクラブレベルではボカ・ジュニアーズのレジェンドとして今も称えられており、アルゼンチンサッカー史における重要な人物の一人です。
使い方・例文
「1966年W杯のラティン退場事件は、サッカー史上最も物議を醸した場面のひとつとして今も語り継がれている」のように、サッカーの歴史や国際試合の文脈で登場します。
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