オラニエ公ウィレムとは?
おらにえこうういれむ
オラニエ公ウィレムとは、16世紀のネーデルラントでスペインからの独立運動を率いた貴族で、「沈黙公」とも呼ばれるオランダ建国の父です。
オラニエ公ウィレム(Willem van Oranje、1533〜1584年)は、16世紀のネーデルラント(現在のオランダ・ベルギー周辺)においてスペイン・ハプスブルク家の支配に抵抗し、独立運動を指導した貴族です。「沈黙公(de Zwijger)」という別名でも知られています。
ドイツのナッサウ伯家に生まれ、オラニエ公位を継承した後、当初はスペイン王フェリペ2世に仕えていました。しかし、スペインによるネーデルラントへの厳しい宗教・政治的弾圧に反発し、やがて独立運動の旗手へと転身します。
彼が果たした主な役割は次の通りです。
- 1568年にスペイン軍に対する武装蜂起を開始(八十年戦争の始まり)
- 南北の諸州を連携させ、ネーデルラント連邦共和国の礎を築く
- 1579年のユトレヒト同盟締結を主導
- カトリックとプロテスタントの間で宗教的寛容を訴え続けた
1584年、スペイン王の差し金によって暗殺されましたが、彼の遺志はその後も引き継がれ、1648年のウェストファリア条約でオランダの独立が正式に承認されました。現在のオランダ王室(オラニエ=ナッサウ家)は彼の直系子孫にあたります。
使い方・例文
ヨーロッパ近代史の教科書では、八十年戦争やオランダ独立の象徴として「沈黙公ウィレム」の名が必ずといってよいほど登場します。
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