オットー1世 (神聖ローマ皇帝)とは?
おっとーいっせい
オットー1世は10世紀のドイツ王で、神聖ローマ帝国を実質的に創設した皇帝として西ヨーロッパの中世史において重要な役割を果たしました。
オットー1世(Otto I、912〜973年)は東フランク王国(現在のドイツにあたる地域)の王であり、962年にローマ教皇ヨハネス12世から皇帝位を授けられ、神聖ローマ帝国の初代皇帝となった人物です。「大帝」の称号でも呼ばれます。
オットーはザクセン朝の王として即位し、諸侯の反乱を鎮圧して中央集権化を進めました。936年のアーヘンでの即位式は、カール大帝の後継者としての権威を強く意識したものでした。
彼の主な業績は以下のとおりです。
- 955年のレヒフェルトの戦いでマジャール人(ハンガリー人)の侵攻を撃退し、西ヨーロッパの安定に貢献
- 教会と連携した帝国統治(帝国教会政策)を推進
- 962年のローマ皇帝戴冠により神聖ローマ帝国の礎を築く
- イタリア政策に積極的に関与し、北イタリアの支配権を確立
オットー1世の即位は、カール大帝以来のキリスト教ヨーロッパの皇帝権を復活させる象徴的な出来事でした。彼が確立した教皇と皇帝の関係は、その後の中世ヨーロッパ政治における「叙任権闘争」などの問題の原点ともなりました。
使い方・例文
中世ヨーロッパ史の文脈で「962年にオットー1世が皇帝として戴冠し、神聖ローマ帝国が成立した」という形で言及されます。
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