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エーリヒ・クライバーとは?

えーりひくらいばー

エーリヒ・クライバーは20世紀前半に活躍したオーストリアの指揮者で、徹底したリハーサルと精緻な音楽づくりで名声を得た巨匠です。

エーリヒ・クライバー(Erich Kleiber、1890〜1956年)は、ウィーン生まれのオーストリア指揮者です。プラハ音楽院で学んだのちにドイツ各地の歌劇場でキャリアを積み、1923年にベルリン国立歌劇場の総監督に就任して国際的な名声を確立しました。

クライバーが歴史に名を刻む最大の業績のひとつは、1925年のアルバン・ベルクのオペラ「ヴォツェック」のベルリン初演です。全34回にわたるリハーサルを重ねてこの複雑な作品を完成に導いた逸話は、彼の完璧主義と音楽への献身を象徴するものとして語り継がれています。

1934年にナチス政権の文化干渉に抗議してベルリンを去り、南米のアルゼンチンに活動の場を移しました。ブエノスアイレスのコロン劇場では数十年にわたって活躍し、中南米の音楽文化の発展にも大きく貢献しました。第二次世界大戦後はヨーロッパに戻り、ウィーン国立歌劇場などで指揮しましたが、政治的な摩擦から再びヨーロッパを去る形になりました。

その息子カルロス・クライバーも後に世界的な名指揮者として知られるようになり、父子二代にわたる指揮者一家として音楽史に名を残しています。

使い方・例文

「ヴォツェック」の上演史や20世紀オペラの変遷を学ぶ場面で必ず登場するほか、指揮者の系譜を語る文脈でカルロス・クライバーの父として紹介されることも多いです。

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