エドゥアルド・フレイ・モンタルバとは?
えどぅあるとふれいもんたるば
エドゥアルド・フレイ・モンタルバとは、チリのキリスト教民主党を率いた政治家で、1964年から1970年にかけてチリ大統領を務めた改革派指導者です。
エドゥアルド・フレイ・モンタルバ(1911〜1982年)は、チリの政治家であり、キリスト教民主党(PDC)の創設者のひとりとして同国の中道政治を代表した人物です。大統領を務めたエドゥアルド・フレイ・ルイス=タグレは息子にあたります。
弁護士・政治家として活動し、1964年の大統領選挙では社会主義者のサルバドール・アジェンデを破って当選しました。その政権は「革命なき革命」をスローガンに掲げ、次のような改革を推進しました。
- 銅山国有化の部分的推進(「チレナイサシオン」=チリ化)
- 農地改革による土地再分配の推進
- 教育制度の拡充と識字率向上
- 地域開発・住宅供給プログラムの実施
アメリカの冷戦戦略の観点からも支持を受けつつ、資本主義でも共産主義でもない第三の道としてのキリスト教民主主義を体現しようとした政治家でした。しかし改革のペースに不満を持つ左派と保守派の双方から批判され、1970年の選挙ではアジェンデに敗北しました。
1973年のアウグスト・ピノチェトによるクーデター後は民主主義回復を求める立場から反独裁運動に加わり、1982年に死去しました。チリ民主主義の発展に貢献した政治家として評価されています。
使い方・例文
ラテンアメリカの冷戦政治史やチリ現代史を扱った文献で、アジェンデとピノチェトの間を生きた改革派として紹介されます。
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