アンドロニコス2世パレオロゴスとは?
あんどろにこすにせいぱれおろごす
アンドロニコス2世パレオロゴスとは、東ローマ(ビザンツ)帝国の皇帝で、帝国衰退期に長期間統治し財政難や内紛に苦しんだ人物です。
アンドロニコス2世パレオロゴス(1259〜1332年)は、東ローマ帝国の皇帝として1282年から1328年まで約46年間在位した人物です。パレオロゴス朝の統治者として最長の在位期間を誇りましたが、その治世は帝国の苦難の時代と重なりました。
彼が直面した最大の課題の一つは財政の深刻な悪化でした。前代から引き継いだ軍事費の膨張に対処するため、海軍を大幅に縮小するという判断を下しましたが、これがビザンツの海上防衛力を著しく低下させる結果を招きました。また、当時台頭しつつあったオスマン朝のアナトリア進出を食い止めることができず、帝国の小アジア領土は次第に失われていきました。
宗教政策でも困難に直面しました。
- 西方教会(カトリック)との合同をめぐる国内の激しい対立
- 正教会派と合同派の深刻な分裂
- カタロニア傭兵団(カタルーニャ大隊)の反乱と略奪
晩年には孫アンドロニコス3世との内戦(内乱)に敗れ、1328年に退位を余儀なくされました。その後修道院に入り、1332年に生涯を閉じました。衰退するビザンツ帝国の苦境を体現した皇帝として歴史に刻まれています。
使い方・例文
「ビザンツ帝国の衰退史を学ぶと、アンドロニコス2世の治世における海軍縮小がオスマン朝の拡大を助けたと解説されることがあります」という文脈で登場します。
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