アル・マームーンとは?
あるまーむーん
アル・マームーンは、9世紀のアッバース朝第7代カリフで、イスラーム黄金時代における学術・翻訳事業を積極的に後援した知識愛好の君主です。
アル・マームーン(Al-Ma'mun、786〜833年)は、ハルーン・アッラシードの子として生まれ、内乱を経て813年にアッバース朝第7代カリフに即位しました。その治世は、イスラーム世界における知的・文化的な黄金時代の中核として位置づけられています。
最大の功績は、バグダードに「知恵の館(バイト・アル・ヒクマ)」を設立・拡充したことです。ここでは、ギリシア哲学(アリストテレス・プラトン・プトレマイオスなど)、医学、数学、天文学の文献が組織的にアラビア語へ翻訳され、ヨーロッパ中世への知識伝播の重要な橋渡し役を果たしました。この翻訳運動(ムータジラ思想とも連動)はイスラーム科学の飛躍的発展を促しました。
また、アル・マームーンはムータジラ派(理性主義的なイスラーム神学)を国家の公式教義として推進し、宗教論争にも深く関わりました。天文学にも関心が高く、地球の円周測定のプロジェクトを指示したとされています。主な業績は以下のとおりです。
- 知恵の館の確立と大規模翻訳事業の推進
- ギリシア・ペルシア・インドの学術のアラビア語化
- 天文学・数学・医学の発展への支援
- ムータジラ派神学の推進(ミフナ政策)
アル・マームーンの治世はイスラーム思想と科学の礎を築き、その遺産はルネサンス期ヨーロッパの学術復興にも間接的に寄与しました。
使い方・例文
中世ヨーロッパがアリストテレス哲学を再発見できたのは、アル・マームーンが整備した知恵の館での翻訳事業によってアラビア語経由で文献が伝わったためとされています。
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