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アルフレート・フォン・シュリーフェンとは?

あるふれーとふぉんしゅりーふぇん

アルフレート・フォン・シュリーフェンは、第一次世界大戦ドイツの作戦計画「シュリーフェン・プラン」を立案したドイツ参謀総長です。

アルフレート・グラーフ・フォン・シュリーフェン(Alfred Graf von Schlieffen、1833年〜1913年)は、ドイツ帝国軍の参謀総長(在任1891年〜1905年)を務めた陸軍元帥です。プロセン貴族の家に生まれ、普仏戦争などを経て参謀本部に進み、ドイツ軍の戦略立案の中枢を担いました。

シュリーフェンの名を歴史に刻んだのは、「シュリーフェン・プラン」と呼ばれる対仏・対露両面作戦計画です。その骨子は、まず西部戦線でベルギーを迂回しながら強力な右翼でフランスを素早く包囲・撃滅し、その後に全軍を東部戦線に転じてロシアを叩くというものでした。動員の遅いロシアを利用し「各個撃破」を狙った構想です。

この計画の背景には、カンナエの戦い(前216年、ハンニバルによるローマ軍の包囲殲滅)への強い関心があり、シュリーフェンは包囲殲滅を理想的な戦闘様式として生涯追求しました。

しかし第一次世界大戦開戦時(1914年)、後継者モルトケ(小)がこの計画を修正・弱体化させたため、当初意図した速攻は実現せず、戦争は長期の塹壕戦へと陥りました。シュリーフェン・プランの失敗とその修正をめぐる議論は、今日も軍事史・戦略論の重要なテーマです。

使い方・例文

第一次世界大戦の勃発過程を学ぶとき、ドイツがなぜベルギーに侵攻したのかを理解するうえでシュリーフェン・プランの内容が解説されます。

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