アリー・イブン・アビー・ターリブとは?
ありーいぶんあびーたーりぶ
アリー・イブン・アビー・ターリブとは、イスラームの預言者ムハンマドの従弟かつ娘婿であり、第4代正統カリフ、そしてシーア派が初代イマームと仰ぐ人物です。
アリー・イブン・アビー・ターリブ(599年頃〜661年)は、イスラーム初期の中心的人物のひとりです。幼いころからムハンマドの家庭で育ち、イスラームへの最初期の改宗者のひとりとなりました。ムハンマドの娘ファーティマと結婚し、ハサンとフサインをもうけています。
ムハンマドの死後、イスラーム共同体(ウンマ)の指導者選定をめぐる対立が生じましたが、アリーは第4代カリフ(656〜661年)として最終的に指導権を得ます。しかし在位中はムアーウィヤとの対立やカルバラー事件の前哨となる内紛が続き、661年にクーファのモスクでハワーリジュ派の刺客に暗殺されました。
アリーの死後、後継者問題はイスラームをスンナ派とシーア派に永続的に分断する要因となりました。シーア派はアリーとその子孫のみが正統な指導者(イマーム)であると主張し、アリーを最初のイマームとして崇敬します。
- 預言者の血縁として特別な宗教的権威を持つとされる
- 知識と公正の象徴として詩・格言が多数伝わる
- 聖廟はイラクのナジャフに置かれ、シーア派の重要な巡礼地となっている
使い方・例文
「シーア派の成立を理解するにはアリーとその子孫の系譜が不可欠だ」というように、イスラームの宗派分裂や中東史を論じる際に頻繁に登場します。
この用語をシェア
最終更新: